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シンギュラリティは来るのか?個人的見解をまとめておきます

AIを学ぶ PR

こんにちは、TAKです。
前回シンギュラリティに関する紹介記事を書かせて頂きました。

前回記事では「シンギュラリティの基本的理解」と「自分なりの意見を持つ」ことを目的としていたため、僕の意見は極力書かないようにしていたので、今回は僕なりの意見をアウトプット兼ねてまとめておきたいと思います。

【こんな人に読んで欲しい記事です】
シンギュラリティに関して、「こんな意見もあるのね」と知っておきたい方
前回紹介したように、各界の実業家や著名人が「シンギュラリティは来る」「いやシンギュラリティは来ない」と議論していますが、「AIを考える」という視点からは色んな意見があっていいと個人的には思っています。
「TAKはこんな風に考えてるのね」というのが少しでも伝われば幸いです。

【前提】2軸マトリックスで考える

まず、「シンギュラリティは到来するか?」という質問に対する自分の見解を示す前に、ベクトルを合わせておきたいと思います。それは、この質問のままでは、「シンギュラリティは来て欲しいか?」という個人的主観(希望)と、「シンギュラリティは実現可能か?」という技術的側面が入り混じった状態で回答しなければならないということです。

そこで、このような2軸マトリックスで考えていきたいと思います。

ビジネスで使い慣れている人はわかるでしょうが、補足しておくと以下の通りです。

■ X軸(横軸): シンギュラリティは到来して欲しいと思っているか?
【Positive】来て欲しい / 【Negative】来て欲しくない
■ Y軸(縦軸): シンギュラリティの実現は技術的に可能か?
【Possible】実現可能 / 【Impossible】実現不可能
■ 第一象限(右上):シンギュラリティは来て欲しいし、技術的にも実現可能
■ 第二象限(左上):シンギュラリティは来て欲しくないけど、技術的には実現可能
■ 第三象限(左下):シンギュラリティは来て欲しくないし、技術的にも実現不可能
■ 第四象限(右下):シンギュラリティは来て欲しいけど、技術的には実現不可能
青色で囲っている象限(右上/左下):思い通りになっている象限
赤色で囲っている象限(左上/右下):思い通りになっていない象限
これを踏まえた上で、少し深堀していきたい思います。
結論から言うと、僕の意見は第四象限(右下)に相当する「シンギュラリティは来て欲しいけど、技術的には実現不可能」です。

【X軸】シンギュラリティは来て欲しいか?

「シンギュラリティは来て欲しいか?」という主観の軸(X軸)では、僕個人としては「来て欲しい」と思っています。この質問自体、主観的なのであまり深堀りする価値はないと思っていますが、汎用型AIの誕生が人々のより良い生活に繋がり、人生の質が向上すればいいなと思っているからです。

もちろん、「汎用型AIが人間を攻撃したり、悪意のある人間による兵器利用等がない」といった前提の上に成り立てばの話です。「汎用型AIの誕生によって、人間の仕事がもっと奪われるのに楽観的だ!」と思われる方もいるでしょうが、現在の特化型AIの存在だけでも十分に人間の仕事は代替されつつあります。

「AIと仕事」の話はまた別の論点なので今回は割愛しますが、「便利な近未来を生きている間に見られるなら見てみたい」というシンプルな好奇心からですね。変わって欲しくないものも当然ありますが、テクノロジーのように時代の波には抗えない以上、見てみたいなと思っちゃいます。

「こういった外的な変化は受け入れられない!」という方は下記記事も参考にしてみてください。

「変化」を認めて「行動」することの大切さを解説します

【Y軸】ディープラーニング技術的に実現可能か?

ではもう一つの軸「シンギュラリティの実現は技術的に可能か?」という点について考察したいと思います。この点については、僕は今のディープラーニング技術では無理だと思っています。
3つほど理由を考えてみましたので、一つずつ紹介していきます。

【理由①】「感覚的」に無理

最初の理由はロジカルではないのですが、感覚的・直感的に無理だと思います。
「人工知能」って「人工的に作られた人間のような脳」を指しますが、人間の脳の仕組みが解明されていない以上、「人工知能」自身がより優秀な「人工知能」を生み出すこと自体に無理があるような気がします。

自動運転技術や顔認証システムに用いられているAIはすべて「特化型AI」です。
シンギュラリティが到来するために必要な「汎用型AI」は、まるで人間のように「オールマイティに考え何でも出来る」必要があります。

ロボット技術と組み合わせて視覚的にとらえた情報に基づき、「ある時は画像認識や顔認証」、「ある時はセキュリティデータベースに問い合わせて怪しい人物を検挙」、「ある時は地震の揺れを検知して被害を防ぐためのアナウンスと食糧備蓄の手配」、といったようなことが出来たら最高ですが、感覚的には難しいと言うことです。

【理由②】ディープラーニング技術は「数学」がベース

僕は数学者でも理工学部出身でもないですが、JDLA主催のE資格に合格した立場から言えるのは、AI技術の根幹をなしているのは「数学」「数式」です。

具体的に解きたい課題やタスクに応じて「モデル化」し、必要なデータを流し込んでモデルを学習させていきますが、これらはすべて「数学」をベースにして構築されています。
裏を返せば、数学や数式で表現出来ないような場合には、モデル化もモデル学習も出来ないということです。

つまり、「オールマイティで何でも出来る」という課題をブレークダウンして数値化することが出来ない以上、ディープラーニング技術で汎用型AIの実現は不可能に近いということです。

これは、「AIとは何か?」を解説した記事でも用いたモデル図概要ですが、「売上予測」や「映っている画像の認識」といったタスクの場合には、「出力y」や「ラベルt」を数値化することが可能です。

対して、「毎日幸福感得られるために、自分が何すればいいか教えて欲しい」「より良い企業経営のために毎日すべきことを提案して欲しい」といったタスクの場合、課題設定が曖昧過ぎて数値化することが出来ないので、結果的にモデル化も出来ないということです。

https://vector-ium.com/ai-zero-learn1/

【理由③】ディープラーニング技術には「人間」が必要

最後の理由は、AIモデルを作るためには「人間の力」が必要不可欠という点です。
先ほどの図とあわせて「AIモデルを学習するプロセス」を見てみると、教師あり学習にせよ強化学習にせよ、人間が何かしらの「課題実現に向けた方向性」をデータとして与えてあげる必要があります。

理由②でそもそもデータ化(数値化)が難しいという話をしましたが、仮にデータ化出来たとしても「正解データ(上記ラベルt)」を準備して与えてあげる必要があるということです。

ひな鳥にエサを与えないと成長出来ないように、AIモデルもデータを与えてあげないと成長出来ないということです。ただ、ひな鳥の場合は、エサを与えなかったとしても生存本能で自分でエサを探しに行ける可能性があります。対して、AIモデルの場合は、データを与えなかった時に「自分でWEB上のデータを散策して前処理してデータを読み込む」といったことは出来ないということです。

まとめ

今回は「シンギュラリティ」に関する個人的見解をアウトプット兼ねて書かせてもらいました。
「まあこんな意見もあるのね」と思ってもらえればありがたいです。

「私はこう思っている!」という意見があれば、是非教えてください。
いずれにしても、AIが人々を幸せにするツールとして価値を最大限に発揮してくれればうれしいですね。

では今回はこのへんで。